フェルマーの最終定理―ピュタゴラスに始まり、ワイルズが証明するまで
 |
人気ランキング : 3,245位
定価 : ¥ 2,415
販売元 : 新潮社
発売日 : 2000-01 |
 |
一気に読みました |
とにかく面白い!私は理系の人間で幸いにもこの本の最後にある補講がすべて理解できます。そういう人には特にたまらない一冊だと思います。高校の数学の授業でいろいろ教える前に生徒に読ませれば良いのでは?と思いました。
高校生でも理解できる数式を証明するまでの世紀を超えた人々の努力、その一つ一つのピースがだんだんと埋まっていく様子、でも、もしそのピースの大元が間違っていたら…という不安、ちょっとした機転で論理がつながり視界が開けた瞬間の歓喜、それら全てがこの本に詰まってます。
久しぶりに読み終わるのがもったいないと思えた一冊です。数学の問題に関する書籍にも関わらず数式がほとんど出てこないのでヒューマンドラマとして誰にでも読めると思います。天才たちの情熱を感じ!て欲しいです。
現在は同じ著者の作品である「暗号解読」を読んでいます。
 |
数学者のドラマ≠数学の一般向け解説書 |
350年にわたる難問を巡る人間ドラマとして読めば大変面白い。だけどフェルマーの最終定理をどうやって証明したかを少しでも理解したいという人にとっては肩透かしを食った感じになると思います。後者から見ると星2つぐらいじゃないでしょうか。例えば「オイラーの贈り物」を時間をかけて読んで、オイラーの公式がわかった時と同じ種類の感動はこの本では多分得られません。まあ、フェルマーの最終定理とオイラーの公式じゃあレベルが全然違うのはわかるんですが、それにしても谷山=志村予想ぐらいからの解説をもっと丁寧にやって欲しかった。
すごいレビューの数だし、星も多いので期待していましたが、ちょっとがっかり。だけどそれは自分がおっちょこちょいだからで、この本は悪くない。総合的に見て大変レベルの高い良書と思います。
 |
350年目の証明 |
「ある三乗数を二つの三乗数の和で表すこと、あるいはある四乗数を二つの四乗数の和で表すこと、および一般に、二乗よりも大きいべきの数を同じべきの二つの数の和で表すことは不可能である。」
これが、かの有名な「フェルマーの最終定理」だ。数式で表せば、
Xn+Yn=Zn、かつn=3,4,5・・・
を満たす自然数X、Y、Zの解は存在しない(ここでは、XnはXのn乗を示すことにする)という、極めて単純で明快な問題であり、その意味するところは現代ならば中学生にでも理解できる内容である。17世紀のアマチュア数学者フェルマーは、それを愛読書ディオファントスの「算術」の余白に書き込んだ上で、
「私はこの命題の真に驚くべき証明を持っているが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない。」
と記した。フェルマーの創出した数々の「定理」の中で、上に挙げた問題だけが証明不能の最後の問題として現代まで生き残り、そしてこの問題は歴史となった。「フェルマーの最終定理」という名の伝説は、350年の長きにわたり、数学者達を悩まし続けたのである。この難問に幾人もの数学者が挑んだが、その失われた証明を再発見することは不可能であった。ワイルズがそれを証明するまでは。
これは、その難問に挑戦し続けた数学者たちの劇的な物語である。ピタゴラスから数学史を説き起こし、フェルマーに至り、谷村・志村予想を経てワイルズがこの難題を証明し、それを本来の意味の「定理」とするまでを、巧みに記した、無類の物語と言えるだろう。筆者のサイモン・シンは自身素粒子物理学の博士号を持つが、この抽象的で難解な数学的挑戦を、純粋数学の知識のない多数の読者に理解可能な物語として書き記すという、困難な仕事を見事成し遂げている。
この本の読者になるには、数学的知識や、真理への探究心などは無用である。ただ、歴史的大事業を成し遂げた天才の偉業を知り、その感動の物語に浸りたいという欲望だけで十分なのである。
 |
数学を超える面白さ |
数学とそれを取り巻く人間たちの、この面白さ。数学を知らない、毛嫌いしてる人は公私ともに、いくらかの損をしている。中学生が読んでも良いが、父親が読んで、それを自分の子供に伝える事も、はるかに効果があるのではないか。まずは読むべし。数学だけの本ではない。文章のわかりやすさ、美しさ、構成の迫力。サイモンシンの筆力か、訳者の技術かは不明であるが、数学啓発本の中では群を抜く,神の声のような日本語が味わえる。
 |
「考え抜く力」と「理解の限界」 |
考え抜かれた結論が正しいかどうかは、それを理解する人がいないと確かめられません。一方、本書の最終章で「シリコンによる証明」で解かれた四色問題の話と、そういった方法による解決に関する今後の懸念が示唆されています。今から100年後、もしこの新しい理解の仕方が標準となったら、ギリシア時代以来2000年間の共通の思考様式自体が変わってしまったことになるのかもしれません。それは「進化」でしょうか。「退化」あるいは「理解の限界」といったほうが正しいのでしょうか。フェルマーの最終定理の証明が、まさに「最終」になってしまわないことを祈ります。人間の脳の質がコンピュータの量的性能に凌駕される日を見たくはありません。
サイモンの次の作品「暗号解読」のあとに本書に取り組みましたが、推理小説でも読んでいるかのような切迫感にとらわれて数日で読みきってしまいました。冒頭に述べた感想は、その直後に味わった喪失感です。ここ10年ほどは、IT全盛の世の中でしたが、もし社会の投資がそういった応用分野だけに偏在してしまい、数学のような学問への関心が薄れてしまうと本書のようなドラマは生まれなくなってしまいますね。
また、学生時代は”数学”は”科学”の一部のように思っていましたが、全く別のものだと本書で納得できました。そして、数学の世界での思考法の意味を少しはわかったと自覚できました。”背理法”という言葉は中学生頃に覚えたのでしょうが、意味の理解にまだ余地があると思い知らされます。
なお、この定理の証明そのものは理解できるわけもない私のような一般読者に対してここまでわくわくさせてくれる描写を提供してくれたサイモンシンさんに深く感謝します。