本書は、住基ネットの本質を「本人確認」の重要性から説明し、その今後の情報社会における可能性を、平易に解説したものである。
まず、これまでの本人確認の方法である「住所、氏名、生年月日」といったものが、確実性がないものであり、また、戸籍制度という、人口の移動性が極めて高い現代において適合しない制度に立脚している問題点を指摘している。このため、脱税、制度濫用の温床になっているが、住基ネットによって与えられた「住民票コード」を活用すれば、たちどころに、こうした問題は解決される。
さらに、本人確認の強化による単に不正防止のものではなく、住基カードが、さまざまな独自システムを搭載可能なものであり、その応用可能性は極めて大きい点を指摘する。本人確認が簡単に行えるようになれば、不必要な行政コストが削減され、結果的に国民全体にとって利益が生じる。また、個人の医療情報等をカードに搭載すれば、非常時の治療にも活用できる。
ここで、個人情報の問題が発生するが、住基ネット=個人情報侵害という主張に応えて、現行でも住民基本台帳が閲覧できることから、すでに筒抜けであるし、そもそも、住基ネットのようなクローズドシステムから入手するよりも、ネット上のオープンシステムから入手したほうが平易だと指摘する。
問題は、個人情報を、誰に提供し、どのように活用されるかである。もし個人情報の提供を拒否したければ、それと同時に利益も放棄しなければならない。このため、個人の側に、責任を持って、個人情報の提供先と活用方法を選択させることが重要だと指摘している。この意味で、住基ネットの情緒的反対者を「勇気がないために何もできず、何も生み出さず、社会の富を食いつぶしていくだけの人たちである」(192頁)と述べているのは正鵠を得ている。
また著者は、元来技術者であるが、こうした社会的な視点から解説した本書の意義は大きいだろう。